月光族

感性豊かすぎるお嬢さま雑誌『月光』始末記。LGBTの精神分析的説明など。

技術翻訳ー副業の王様





一日十分、スマホをポチポチするだけで七万円。よくある宣伝、本当に儲かるのか? 自分でやればいいじゃないか、と言いたくなる。もちろんインチキ。そんなんで儲かったら、電信柱に花が咲きます。焼いた魚が躍りだします。


あなたには夢がありますか? ブランド品で飾り付けた詐欺師のマルチ商法。変な占い師に金取主義の新興宗教。世の中は儲かると銘打ったインチキで溢れています。


本を書いたり訳したりすれば印税で大儲けできるでしょうか? だめです。私も書き下ろしは共著で2冊ありますが、貰うは雀の涙金でした。本を出せば名前が出て研究者として実績になって社会から高評価され履歴書に書けます。大学のイスが待っているかも知れません。出版社はそれを知っているから、数万冊売れない限りお金はくれないのです。


ところがあるのです。コツさえ掴めば、だれでも儲かる、ウソみたいな儲け話が!


資格は、中学二年生の英語力を「確実」に持っていること。確実という条件は確実になければいけません。繰り返しますが、中学二年生の英語力を「確実」に持っていること。くれぐれも大事なことなので、口を酸っぱくして言っておきます。とくに、過去分詞についてはよく理解しておいてください。


この条件さえクリアしていれば、ナントカ過去未来完了なんていうようなネイティブでも使わないような文法は不要です。禁句は「○○年間、アメリカに留学していました」なんていう売り込み文句。そんなことを言えば、「その間、日本語は使わなかったのですね?」と思われるのがオチ。通訳なら評価されますが、これから紹介するお仕事には不要です。「英検一級もってます」なんていうのもダメ。


Bingチャットで聞いてみました。「現在、技術翻訳の仕事はありますか?」。「はい、技術翻訳の仕事はあります。Indeedには、技術翻訳の求人がたくさん掲載されています。また、クラウドワークスでも技術翻訳の仕事を依頼・発注することができます」。


中学二年生の英語力を「確実」に持っていさえすればいいのです。一獲千金の旅に出ませんか?


とりあえず、得意分野を決めましょう。私個人としては、まず米軍の仕様書、契約書、プラント、コンピュータソフト、建築土木などが狙い目だと思います。自動車は機械翻訳が優勢で、もうダメそうです。私は経済が大不得意なのですが、こういった不得意は最初から翻訳会社の担当者に伝えておいたほうがいいです。


医学は避けたほうがいいと思います。私の恩師、小此木啓吾先生は「翻訳は肉体労働だ」と仰っていました。ちなみに、「ステッドマン医学大辞典」の収録語数は十万。とても覚えきれません。でも、通常の技術翻訳で覚えるべき単語の数は、千もありません。医学論文などは辞書をめくり通しでないと訳せませんが、プラントなどは慣れれば辞書など不要です。


翻訳会社には、履歴書を郵送したりせず、直接出向いたほうが無難です。履歴書なら、翻訳会社なら何百と持っていますから、やはり直接担当者と会って挨拶したほうがいいです。技術翻訳は「業界の知識が六分、英語力が四分」と言われます。ウエイトが「業界の知識」にかかっていることを肝に銘じ、英語力があることをにおわすような発言は避けましょう。
そして、トライアル(お試しの問題)を貰います。私は英文和訳なので、そのトライアルを貰うことになります。


そしてトライアルを訳していくのですが、ここで辞書が重要となります。インタープレス社の辞書を買いましょう。この辞書は、訳語ひとつひとつについて、たとえば「建築」、「特許」というように、どの業界で使われるかが記されています。たとえば、engineという単語は、自動車ならば「エンジン」ですが、船舶なら「発動機」と訳します。技術翻訳の出来栄えは、訳語、つまり日本語にかかっているのです。技術翻訳の世界では、辞書も実力のうちなのです。ただし、インタープレス社の辞書は絶版になっているものが多いので、神田の古本屋街で探したほうがいいかも知れません。20万語辞典を見つけたら買って、自慢げに翻訳会社の面接のときに持ってゆきましょう。


一番の狙い目、米軍の仕様書がなぜおいしいかというと、米軍の仕様書(スペック)にはDAR(兵器調達規定)とFAR(連邦調達規定)というのがあり、これに番号がついているのです。だからこの番号とその訳文を書き溜めておいて、次の仕事で同じ番号のものがあったら、コピーすればいいのです。この方法だと、慣れてくれば四百字を一枚として原稿百枚はいけます。一枚千円として一日十万円、「スマホをポチポチするだけで七万円」よりはるかに現実的でしょう? それから仕様書や契約書は基本、「である調」です。shallは「ものとする」と訳します。また、仕様書は三部セットというような場合がよくあります。この場合は一部訳せばあとは数字を入れ替えるだけなので、給料が三倍になります。


仕様書は、慣れれば簡単ですが、期限はかなり過酷です。翻訳会社のお客さんは大抵、大手の請負業者(コントラクター)ですが、仕様書の原文は処理に手間取り、翻訳会社に回ってくるころには、もう入札期限が迫っているのです。コントラクターが三日後に飛行機に乗るとすれば、期限はあさってまで。なので「翻訳原稿百枚、あさってまで。お願い!」となります。


そこで、荷物は本船渡し(FOB)、プラントの引き渡し条件はターンキー方式(鍵を回せば稼働する状態)というように翻訳して、翻訳会社に送るのです。これはスマホではちょっと無理なので、パソコンも必要ですね。


文学ではshouldやwouldが頻出しますが、仕様書や契約書の基本はshall構文です。つまり、基本、意味は一義ですから、どんなニュアンスでも訳せるというものではなく、ひとつの文章には一通りの訳しかないのです。こういう文章は、高校生が見るとチンプンカンプンです。逆にいえば、高校生でも単語がすべて分かってしまうような文章を訳しても、クレームがつくだけでお金にはならないということです。ちなみにクレームは、特許の分野では「特許請求の範囲」と訳します。こういう事をどれだけ知っているかが、技術翻訳者の実力なのです。


専門になりそうな分野が一つでもあったら、それで翻訳会社に登録しましょう。専門性のない「一般」で登録する方法もないことはないですが、クレームが沢山きます。


たとえば「equipment」をどう訳すか? と聞いて「この業界なら○○、この業界なら○○」と答えることができたら、その人はかなり実力のある人だと思います。

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