月光族

感性豊かすぎるお嬢さま雑誌『月光』始末記。LGBTの精神分析的説明など。

無意識の凶行ーゴミ屋敷からパワハラ上司まで







フロイトは発達段階を、「口唇期(0~1歳頃)」「肛門期(1~3歳頃)」「男根期(エディプス期)(3~6歳頃)」「潜在期(6~12歳頃)」「性器期(13歳以降)」の5段階に分けている。これは介護福祉士国家試験に出るらしい。


タバコを飲むひとは、禁煙の場所で、なんとなく口ざみしいと感じることはないだろうか? そこでハッカパイプを咥えてみたりする。これは、口唇に快感を覚える、口唇期の名残りとされる。口唇期での精神的なストレスが無意識に抑圧されてしまうと、口うるさくなったり、ひどいお喋りになったり、極端な食道楽になったりする。


ここで「抑圧」について触れておく。精神分析では抑圧を「無意識に押しやる」という意味で使うので、意識的な「抑制」とは意味がまったく違う。抑圧は自分でも気づかずにやってしまう心理機制である。ある成長段階で抑圧が起こると、そのときの鬱憤が無意識となり、後年生活に影響を及ぼす。


口唇期の次は肛門期。子供をトイレに無理矢理行かせたり、過度にタイミングや清潔さに厳しすぎると、その子はものを捨てるのを嫌がるようになったりする。ためこみ屋でけちな性格になることがある。うんちは「黄金」と言われるように、子供にとっては自分が持っている唯一の貴重品である。バーッと一気に出すと気持ちがいい。これはギャンブル依存症に通じる。お金をバーッと使うのは、経済的に当たれば儲かるという以外に、快感を得るという無意識の理由がある。


ドストエフスキーは、一晩で莫大な財産を失ってしまう話を小説にしている。私はドストエフスキーが好きでとくにそんな場面が好みなのだが、いまはギャンブル狂の動画でそれが見られるようになった。色もセリフもついているし、簡単に楽しめる。うれしい。


ギャンブルは損か得か、考えてみよう。たとえば競馬。競馬は掛け金の25パーセントを堂本に取られてしまう。4回賭ければ0になってしまう確率だということを、ギャンブラーも知っているはずである。


1回か2回、初心者が競馬をやるとよく当たる。いわゆるビギナーズラックである。馬はデータ通りには走らない。だからデータ重視のベテランを尻目に、初心者が大勝することになる。しかし何回もやっていれば、確率の壁は越えられない。競馬の神様といわれた大川慶次郎さんでさえ、蔵を建てたという話は伝わっていない。


統計的には、ゼロサムゲーム(千円勝った人がいれば、千円負ける人がいる)なら、競馬で蔵が立つのである。凝り性の私は競馬必勝法を編み出し、一万円を土日の全レースに賭けて、半年持たした実績がある。25パーセント差し引かれなければ、蔵が立っていただろう。


ネットカジノなら差し引かれるのは5パーセントくらいだそうな。なら儲かるかも、と思うのだが、八百長があるらしい。これはダメだ。


FXはゼロサムゲーム。そこだけみれば蔵が立つ確率はあるが、一億円儲けた人(たぶん専門家)が一人いると、百万円損した人(たぶん素人)が百人いることになる。私は一億円儲けた人になる自信がない。ギャンブルで蔵をたてるのは、諦めよう。


さて、肛門期性格の特徴として、「ケチ」があげられる。大事な「黄金」をためこむようにお金をため、使うときにはバーッと一気に使う。お金でもゴミでも、まずため込むというのが、その特徴だ。


極端なのは「ゴミ屋敷」である。そこまで行かなくても、「なぜか輪ゴムが捨てられない」というのもこの部類だ。貯金して家を買ったり、ポイントを貯めて買い物をしたりするのも、現実的な取引を越えた、ある種の快感がある。


口唇期から肛門期までは、男女ともにたどる精神性的な成長である。ところが、次のエディプス期になると事情は変わってくる。女の子にはおちんちんがないからだ。


男の子と両親の間の三角関係、つまりエディプスコンプレックスの状況において、母親イメージは180度ひっくり返る。それまではSМプレイの女王様のようだった母親が、自分のいないところでは、父親とちちくりあっている、ダメで小さな存在へと変身するのだ。


一方、父親は怖くて偉い存在なので、子供は逆らえない。つまり、エディプスコンプレックスの世界は父親同一化、男尊女卑なのである。会社には課長、部長といった「階級」がある。エディプスコンプレックスの強いひとはこの「階級」を心理的に内在化させている。そういうものがあるのだということを、心の底から信じているわけである。


だからそういう人は、自分の地位をかさに着て女子社員に長々とお説教を始めたりする。女はちょっと目を離せば何をするかわからない浮気者だから、それが当然なのである。


ところが、階級とか権威といったものが心理的に内在化されていない、一般的な女子社員にしてみれば、社長といえどもただのおじさん。そのおじさんがちょっとでも無意識の本音を口や態度で示せば、たいていはセクハラということになる。エディプスコンプレックスの世界では女は心の中ではだれとでもセックスがしたい浮気者なのだから、飲み会に誘ってエッチな誘いをかけてあげるのは、親切なのだ。おちんちんが小さいために、父親に母親を盗られてしまったという幼児期の体験から、おちんちんが大きければ女はいくらでも寄ってくると密かに思っている。


現実としては、大きなおちんちんを自慢しても、女は寄ってこない。でも、エディプスコンプレックスがなければ、女はいくらでも寄ってくるのだ。


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